過眠症 大爆発です。

私は過眠症です。

大学病院に入院検査を受けて、太鼓判を

おされて早10年くらいでしょうか。

当初、特発性過眠症と診断され、ここ数年前に

反復性過眠症と診断されました。薬はそれ程

変わっていません。

今年1月頃から今まで、過去最高に酷い様相です。

この病気が判明した時、本当に嬉しかったです。

変に思うかも知れませんが、自分が怠けていたり

気合が足りないものと思って生きてきて、解決の糸口が

見つからないまま、ダメ人間と思っていきてきたから。。。

病気のせいで、自分のせいじゃ無いと思えて嬉しかったです。

初めは病気なんだから、薬を飲んで改善すると思ってました。

10年くらい経過した今は、病状はそんなに改善していないのですが、

気の持ち様が以前より図々しくなり、なんとなく病気と共存しています。

でも、やはり仕事とか約束などに損害が出てしまいます。

死んでしまいたい。って思う事が多くなっています。

でも具体的に死ぬ方法や踏み切るまでには至っていません。

幸か不幸か、会社も家族もこの病気を理解してくれています。

嫁もいますが、病気を知ってからあまり起こしてくれなくなりました。

自分も頼まなくなりました。病気なんだから仕方ないと思われてる

のかも知れません。そんな些細なことが寂しいものです。

最近気付いたのですが、前述の『死にたい』について

本当の心は、死にたいではなく たすけて とか 逃げたい

なのだろうという、現時点での結論が出ました。

本当に過眠症は人間の生活を、そがいして 困ります。

そがいは、疎外であり、阻害なのですが、健常者の方には

わかってもらえないのだろうと、思います。

ネットでも甘えだろとか、目覚ましの数をどうとか。。。

言われますが、そんなことでは無いのです。

なんなら、木村拓哉が過眠症の役で、ドラマでもやってほしいです。

多くの人に、正しくわかっていただくだけでも、救われる瞬間もあります。

どんな病気の人も、また 苦境に陥っている人も、生きなければなりません。

出来ることなら、シアワセに生きなければなりません。

生きることが正義であり、シアワセや正義には色々な形があることと、

それを我々 過眠症患者が 実現できる 社会作りを、この拙い文を読んだ方々

には協力して頂きたく、何卒 宜しくお願致します。


また、たまに記事を書かせて頂きます。

薬は 朝・昼・夜 リタリン
        朝 メチコバール
        寝る前 ビフシロール
        夜20時 ロゼレム
今はこんな感じです。

では また。



給食

今週のお題「給食」です。

給食のカレー・シチュー・スパゲッティーが

美味しいという人は多いと思います。

しかし 私の中では何故と思う 献立ばかりが

回想されます。

例えば、ハルサメと胡瓜の酢の物的なものや、

同じくハルサメと某という組み合わせ。。。

きっと健康に良いってことじゃないはずであろう

味と義務感。 食わなきゃだめよ的な存在でした。

 

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それと日々出てくるパサパサなパン。

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結論として腹減らなきゃいいんでしょって

感じます。 そりゃ牛乳呑んでパサパサパンで

膨れるでしょうね的な給食。そして食わなきゃだめよの

添え物と、時には嬉しいカレー達。。。ま ゼリーとかも。

そーいう風にひねくれて考えると、むしろ主役は

パサパサパンであり、牛乳であり、無意味な添え物と

言えなくもなく。。。 もし自分が学校教諭であったならば

毎日が修行と言っても過言ではない。

だからと言って、教諭に反論は許さない。

それも仕事だから。。。

不足を感じる仕事はどこの世界も一緒だから。

給食は親目線では有難いし、子からしても

なんの疑問も挟まずに食セルシ、

学校の授業でみんなが優劣を感じずに過ごせる

貴重な時間。勉強ができなかろうが、

運動ができなかろうが、異性にもてなかろうが。。。

みんな等しく過ごせるかけがえのない平等な時間であり、

はなから牛乳を出しても、お咎めなしのパラダイスで

あって欲しいと感じます。

給食と同じような万能なひと時は、現社会にはあまりなく

意義?を再検討頂きたい。

私は銭湯も好きなのだが、もしかするとそれも同じ様な

事なのかもしれない。 見も知らぬおじさんに頭を

はたかれた思い出は今も懐かしく、大切な想い出です。

湯船に潜って怒られたり、水でぬるめて怒られたり、

はたまたよく水気を切らずに、脱衣所にいって  などなど。

ま おじさんの懐かし話なのですが、心が通う場

それが給食であり、寄せ場なのだと思います。

寄せ場が公共のルールを教えてくれます。

給食のスタイルも変化があるけれども、

いつの日か今の小学生が、同じ様な感覚を持って

生きていてくれる未来を希望します。

 

 

 

常に求めることへは貪欲で在りたい。ゆるくってモネ。

今週のお題「今の仕事を選んだ理由」

システムエンジニアを目指し、プログラマーになり2年頑張りました

    24時間営業を何ヶ月もやっていると身体を壊します。

    みなさん注意しましょう。当時の愛読書は『明日のジョー』でした。

    燃え尽きたとき、病院のベットにいました。入社から2年。

②会社に生真面目に奉仕して、命を懸けて頑張った前職を反省しました。

   今度は笑顔で嘘のつける、営業マンになるべく、営業会社で頑張りました。

   ゲーム感覚で契約を取り、3000人くらいの会社でトップ11位の成績。

   微妙な成果でしたが、なかなか場数は踏めました。建設会社へ向け3D-CADなど

   ハード・ソフトウェアの販売。単価は300万円くらいでした。

   根が真面目だったようで嘘とも取れるおーばーとーくにいやけがさしてきました。

   と顧客に相談したら、じゃぁ うち来いよ。。。10年勤めましたが建設業へ。

③工務店(建設会社)入社 図面を描くソフト、見積を書くソフト、経理のソフト

   MS-OFFICE系のソフト・社内ネットワーク構築、これらは万能でしたが、

   建設についてはさっぱりでした。大工さんのお手伝いをしながら、徐々に

  現場の流れを学びました。 その後何件か特徴のある建設会社へ転職。。。

  官庁工事専門の会社、不動産売買・賃貸が主業の会社、

  コンビニ建設が得意な会社、そして今はそれらすべてプラス一般顧客や

  ハウスメーカーを顧客とする会社に在職しています。


  振り返ると、全てが 今 役立っています。最早収入の為というよりは、

  自分の性分に合った仕事が出来て居ます。

  嘘のない仕事、契約は人と人が約束を履行する事に他ありません。

  それが嬉しく、それを喜ばれている。ここまでで23年費やしました。


  やはり 情けは人の為ならずです。


初めまして、

知っている方が はてなで ブログをやっており、
傍観者もいいけど、何か呟くのもいいかなっておもい、
今日から、たった今から 始めました。

皆さんよろしくお願いします。って言っても
長続きするとは想ませんけどね。

書くテーマは、愚痴と酔っぱらいの戯れ言、病気のこと
ノーネームだから言えること など 無責任感を頼りに、
自分にやさしい自己解放というか、自己正当化に
特化していきたいと 思います。

何卒 よろしくお願い致します。

一先ず使い方を学ぶために、いじくり倒してみますね。
ガハハハ